「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」
歴史上の有名すぎる女王がいる。マリー =アントワネット=ドートリッシュは、1770年にオーストリアとフランスの同盟に伴う外交政策のため、わずか14歳で故郷を離れフランス国王ルイ16世と結婚した。
生まれながらに貴族として育ち、結婚式もその後の私生活でも至福を尽くした彼女だが、食事に関しては質素で量も少なく、宴会でも手袋を外さず食事に手をつけなかった姿は、他の貴族から顰蹙(ひんしゅく)を買うほどだった。
しかし、こと”甘いもの”に関しては目がなかったようで、卵を使った濃厚なホットチョコレートやクグロフを好んだそうだ。

そんな彼女にちなんだ歴史あるチョコレートがフランスには存在する。「マリーアントワネットのピストル」と名付けられたコイン型のチョコレートは、苦い薬を飲むときに薬を包んで飲むものとして1779年にフランス王室薬剤師であったスルピス・ドゥボーヴが制作した。
それまでカカオはホットチョコレートなどの液体でしか調理法が存在せず、この「マリーアントワネットのピストル」は世界で初めての固形チョコレートであると言われている。

フランス革命後、スルピス・ドゥボーヴ甥のガレと共にチョコレート店「ドゥボーヴ・エ・ガレ」を開店させ、「マリー・アントワネットのピストル」は現在でもフランスのパリで買うことができる。

その後、1828年にヴァン・ホーデンがカカオからカカオバターの抽出に成功し、1847年にジョセフ・フライというイギリス人が今のチョコレートの原型を作ったと言われている。

ちなみにチョコレートと共にマリー・アントワネットが愛したクグロフは、王冠の形を模したフランスのアルザス地方が発祥とされる発酵菓子(ブリオッシュ)である。彼女はオーストリアに伝わったクグロフを嫁入りのときにフランスに逆輸入させ、王室と上流階級で流行らせたと言われている。


日本のチョコレートといえば、今や文化として定着したバレンタインがある。1950年(昭和30年代)頃に始まったチョコレートを贈り合う文化は、現在日本の「甘いもの文化」にはなくてはならないものとなっている。
フランスや他のヨーロッパ諸国にはチョコレートを贈る文化はないのにも関わらず、多くのブランドがバレンタイン時期になると日本に短期進出をするのは近年に始まったことではないだろう。
近年ではビーントゥーバーや産地による食べ比べなど新しい切り口のチョコレートが販売されている。

このように今や日本オリジナルの文化となったバレンタインの経済効果はクリスマスに次ぐ約1083億6936万円(宮本勝浩関西大学名誉教授2023年調べ)にまで及び、我々飲食人、特にパティシエにとっては大きなイベントの一つとして毎年身を引き締めている。


さて、ここまで美味しいチョコレートの話をしてきたが、次はそのあまりの不味さから有名になったチョコレートを紹介しようと思う。
1937年、アメリカ大手のチョコレートブランド「ハーシー(The Hershey Company )」は、第二次世界大戦で戦う兵士たちのためにレーション(戦闘食料)として士気の向上と高カロリーな栄養補給を目的としたチョコレート・バーの開発をアメリカ軍から依頼された。
出来上がった「Dバー(Dレーション)」は、あまりの不味さから「ヒトラーの最終兵器」と揶揄されるまでになったが、これには理由がいくつかあった。

まず、このチョコレート・バーは嗜好品ではなく、極限状態の栄養補給として食べる想定で作られていた。持ち歩いている兵士たちが普段から手軽に食べてしまい、本当に必要になった時に手元にないと言う状況を防ぐため、軍はハーシーに「茹でたじゃがいもよりややマシな味」という注文をつけていた。また、暑い戦場に派遣される兵士たちが持ち歩く想定として、48.9度までの高熱に耐え、110gと軽量でそして歯が折れるほど硬く作られていた。

その後、あまりの不評にアメリカ軍は「もう少しマシな味のチョコレート・バー」を再びハーシーに依頼し、「トロピカルバー」が制作された。こちらは甘味がなく硬すぎるDバーよりかは今のチョコレートに近い味がし、第二次世界大戦中最も生産された。ハーシーはこの2つの軍用チョコを5年の間に約30億個生産し、世界中で戦う兵士たちに配られていった。

現在「トロピカルバー」はアメリカ軍の標準装備品として生産されており、1971年にはアポロ15号の宇宙食に採用されるなど注目を浴びるチョコレートとなった。
また、1990年にはさらに改良された耐熱チョコレートバー「デザート・バー」が開発され、ハーシーの発表によると140度の高熱にも耐えるのだという。


今やコンビニやスーパーで手軽に買うことができ、私たちの生活に浸透したチョコレートだが、その歴史を辿るとさまざまな面が見えてくる。素材としてではなく、歴史、雑学としてのチョコレートはまだまだたくさんあるので、ぜひ調べてみてほしい。